それはゆっくりと、しかし確実に進行していた。
最初に気付いたのはいつだっただろうか。
思い出せない…。
気付かないように努めていたのかもしれないし、あるいは気付いていたけれどそれと認めていなかったのかもしれない。
何れにせよそれがいつに始まったことなのか私は思い出すことができない。
それでもやはり認めざるを得ない事実がある。
デルピエロの髪の毛は確実に減っているのだ。

在りし日のデルピエロ(髪の毛が)
いや、やはりわたしは気付いていたのだ。気付いていたはずだ。
デルピエロが初めて坊主頭でカメラの前に登場した時に…。
気合や誠意といったものを表すために頭を剃り上げることはスポーツの世界ではよく見られる行為である。
もちろんこのシーズンのデルピエロも気合は入っていたはずだ(誠意を表すためではないだろうし、そうする必要も特になかった)。
しかしながらこう思ったユベントスファンも多いはずである。
ついに諦めたか、と。

この坊主頭の意味するものとは…
これは後になって思ったことであるが、あの時の坊主頭はやはり気合の表れだったのではないだろうか。
というのも、坊主頭に刈り込んだのがこの時だけではないからだ。
事実、最初に坊主頭にした後、その髪の毛は再び伸ばされたし、W杯ドイツ大会の前にはその伸びた髪の毛を再度坊主頭に刈り込んでいる。
やはりあれは気合の表れだったのだろう。
あるいはそれは気合の表れとは別の理由だったのかもしれないが少なくとも諦めではなかったということだ。
しかしながら勘違いしてはならないし見落としてもならない。
デルピエロの髪の毛は誰の目から見ても確実に減ってきているのである。

ドイツW杯で再び坊主頭に
ところで髪の毛の量とプレーの質には何かしらの関係性があるのであろうか。
ここ数年のデルピエロを見る限りそれはなさそうである。
もちろんボビー・チャールトンやレチコフやロンバルドといった往年の名選手もデルピエロと同じようにそうであったとは言い切れない。
結局のところ髪の毛が減ろうが増えようが、質の高いプレーでチームを勝利に導いてくれればそれでいいのである。

キングオブゲーハー ボビー・チャールトン
今シーズンのデルピエロは今のところ調子が良さそうである。
出場時間は限られているがそれなりに結果は出しているし、好調なチームの中にあって十分な存在感を示している。
前述したように、やはり髪の毛の量とプレーの質との間に直接的な関係性は認められないということなのだろう。
しかしながら、わたしはどうしても一抹の不安を振り払うことができないでいる。
それは植毛、はたまたカツラの存在。
アントニオ・コンテという名前が頭をよぎる。
既に引退しユベントスを離れ指導者としての新しい道を歩み始めているコンテ。
わたしにとって彼の存在は少なからずデルピエロに暗い影となって付きまとう。

コンテのあまりに不自然な頭髪
植毛なのか、デルピエロ。
そう問いながら、毎週わたしはテレビの前で彼のプレーを見守る。
いや、むしろ見守っているのは彼の頭皮なのかもしれない。